第一次長州征伐
もちろん龍馬の「やめてつかーさい」で中止になるわけではありません。
当初、西郷はこの征伐に乗り気であった節があります。長州を徹底的に痛めつけ、幕藩体制の中でさらに強力な力を持とうとしたのでしょう。しかし、このころになると幕府が薩摩藩に気を使うありさま。この状況を見て、倒幕もありえる、と思った最初の頃ではないでしょうか。幕府は薩摩藩に限らず、諸藩に対しても明らかに影響力を失っていました。
倒幕路線に乗り換えるとしたら、やはり長州の力が必要となる。ここは征伐に反対し、長州に恩を売っておこうという作戦に変える。
さらに、この頃西郷は勝海舟と会っており、幕府の未来のなさ、国内での日本人同士での戦いの無意味さを説かれていたようです。
長州では反幕派の正義党と恭順派の俗論派に分かれていがみ合っていた。この第一次長州征伐の段階では俗論党が優位であり、西郷が提案した、禁門の変の責任をとり重役の切腹、斬首、ということで幕府側は長州に攻め入ることなく撤退している。
一ツ橋喜慶はこれを不服として、大いに腹を立てたそうですが、後の祭り。薩摩藩への猜疑心が高まっていく。
幕府の衰退をよそに土佐藩では勤皇党弾圧、粛清が続く。
来週はついに武市さん、以蔵の命が・・・
*僕の歴史観は小説や漫画に負うところが多く、事実と異なったり、偏った意見があった場合にはお許しください。



