不幸な男が生まれた。
司馬遼太郎の短編「人きり以蔵」の書き出しである。
我流の剣ではあったが、その強さを武市半平太に見込まれ土佐勤皇党結成の時にはそのメンバーに。半平太隆盛の頃、共に京に出ていわゆる天誅を繰り返す。暗殺の手口は卑劣を極めた。
しかし、半平太失脚、国許に戻されると、よりどころを失った以蔵は無宿人として捕らえられ、土佐へ送り返される。
吉田東洋暗殺の犯人探しに躍起になっていた後藤象二郎らは、半平太を拷問できない分、以蔵にありととあらゆる拷問を加える。これを知った半平太は毒饅頭を以蔵に人づてに与える。
龍馬伝では以蔵を苦しみから解放するために、となっていました。
が、拷問に耐え切れず以蔵がしゃべってしまうのでは?と恐れた半平太が口封じのために毒饅頭を食べさせようとした。しかも、実際以蔵は口にしたが、死ぬまでにはいたらず、自暴自棄になり勤皇党の秘密を話してしまう。という説もあるようです。
最後は切腹も許されず、無宿鉄蔵として極刑の梟首となっている。
龍馬とは親交があり、勝海舟の護衛を頼まれて受けている。
勝の話によると、ある日攘夷過激派の暗殺者3人に襲われるが、一人を斬り残りを逃走せしめた。勝が「人を斬るのはよくない事だ」というと「しかし、私が斬っていなければ先生が斬られていましたよ」といわれ、何も言えなくなたという。
以蔵にとって同士である攘夷派の志士をためらいなく斬ってしまうところに、彼の思想のなさが表れているように思います。
さてもまぁ、実際にどのような男であったのか・・・。
*僕の歴史観は小説や漫画に負うところが多く、事実と異なったり、偏った意見があった場合にはお許しください。



